INTERVIEW

02 TAKAYUKI FUJITA

PROFILE

2017年入社

法人営業部 係長

在宅事業部からの抜擢、そして全くのゼロから数千万円規模の「国体案件」を勝ち取った藤田さんの伝説のエピソード。
1億を超える数字を背負いながら、彼がなぜアナログな手法にこだわるのか。そこには、スマートなだけではない、泥臭くも圧倒的に熱いヤサカ流の真髄がありました。

0か100か。案件を動かすのは
「熱意」と「段取り」

もともとは在宅事業部で活躍されていましたよね。法人営業部への異動は、ご自身の中ではどんな変化でしたか?

正直に言えば、希望を出していたわけじゃないんです。ある日上司から呼ばれ「藤田君に任せたいので行ってもらえないだろうか」と打診がありました。最初は驚きましたよ。でも、すぐに「これは面白いことになるぞ」とスイッチが入りました。 法人営業は、在宅営業とは扱う領域の広さが桁違いなんです。福祉用具はもちろん、家電、大規模な工事、さらには最新テクノロジーを導入するための補助金活用まで。まるで商社のように、顧客の課題に対して「何でも提案できる」。このフィールドで揉まれれば、営業としてもう一段階、いや、二段階上のステージに行ける。そう確信して、新しい扉を蹴破るつもりで飛び込みました。

不可能を可能に。
「国体案件」で得た、巻き込みの力。

滋賀で開催された国体(国民スポーツ大会)の案件を受注されたと伺いました。コネクションもゼロの状態から、どうやってそこまで辿り着いたのですか?

本当に、最初は一軒一軒カタログを持って回る「ローラー作戦」ですよ。足を使って、顔を売る。泥臭い飛び込み営業からです。 転機は2回目の訪問でした。担当者から「点字案内板や音声案内装置も扱えるか?」と聞かれたんです。当時のヤサカにはノウハウも実績もない領域でした。でも、ここで「できません」と言ったら試合終了。私は「少しだけ時間をください」と即答し、そこから必死に対応できる業者を3社探し出して、連合チームを組みました。

自らプラットフォームを作ったわけですね。

ええ。単なる「物売り」ではなく、プロジェクトの設計図をともに描くパートナーになった。ゼロから道筋を作り、巨大なプロジェクトを形にする。あの完遂した時の達成感は、法人営業でしか味わえないですね。

効率化の時代に、
あえて熱意を伝える
「手書きのメモ」。

藤田さんの営業スタイルで象徴的なのが、不在時の「手書きの手紙」だと
聞きました。

法人営業って、アポを取ろうとしても電話一本でシャットアウトされるのが日常茶飯事なんです。だからこそ、私は「現場」にこだわります。 もし担当の方がいなくても、ただでは帰りません。名刺と一緒に、相手にメリットのある補助金資料と、そして「手書きのメモ」を必ず残します。 今の時代、メールや印刷物なんて一瞬でゴミ箱行きです。でも、手書きで書かれた「今日、どうしてもこれをお伝えしたくて参上しました」という一言は、必ず相手の心に引っかかる。「わざわざ来てくれたんだな」という熱量は、物として残さないと伝わらない。それがきっかけで商談が動いたことも、一度や二度じゃありません。

藤田さんの仕事の流儀について教えてください。

勝負は、お客様の前に立つ前に決まっています。仕事の成果の8割は準備で決まる。これが私の持論です。 例えばリフトを一台納品するにしても、私はインストラクターの資格を持っているので、現場で「腰痛予防セミナー」までセットで行います。「売って終わり」ではなく、現場の職員様がどう使えば幸せになれるか。そこまでシミュレーションして、資料を完璧に作り込む。見えないところの入念な「準備」こそが、私の考え方です。

今後の展望、そして、どんな人と一緒に働きたいですか?

今の野望は、この法人営業部をさらに拡大して、在宅事業部と肩を並べるヤサカの「最強の柱」に育てることです。 新しく加わる仲間に求めるのは、スキルよりも何よりも「行動力」です。知識なんて、後からいくらでもついてくる。それよりも、断られてもヘコまず、何度でもドアを叩けるアグレッシブさ。そんな「攻め」の姿勢がある人なら、この仕事は最高にエキサイティングなはずです。 私が1年から3年は、責任を持って横で並走します。一緒に、滋賀の、そして日本のインフラを塗り替えるようなデカい仕事を仕掛けませんか?

クロストークで、
ヤサカの秘密を
解き明かす。

利他の心で成長するヤサカの力の源泉は、
一人ひとりの個性と力だ。
その個性を活かしている秘密とDNAを、
さまざまな角度から解剖する。

その想像力と提案力を、社会貢献
という最大のビジネスに活かす。

さあ、次の未来は、
君の手で。